法蔵禅寺HOMEPAGE・今月の法話（２０１５）

　

■□１２月の法話■□

●曲がった松

　今年もあと一月で終わります。忙しないものですね。
　この時期になると、私たちは新年を迎えるために、掃除を行います。なにもこんな寒いときにと思うのですが、掃除や植木の手入れをしてしまうのです。
　当寺でも、ご多分に漏れず、掃除や植木の手入れをしてしまいます。大きなお寺とちがって、掃除や植木の広さはそれほどではありません。それでも、さあしようとすると広いなあと思ってしまいます。
　小学四年生の詩で、｢〈せまいな　せまいな〉／といって　みんなで遊んでいる。／朝会のとき　石をひろわされると／〈ひろいな　ひろいな〉と／ひろっている」とありますが、まさにその感じです。
　好きなことをしようとすると、時間は早く過ぎますが、嫌なことをするときは、時間がなかなか経ちません。凡夫の私たちにとって、ものを見たり考えたりするも「ものさし」が、いかにいいかげんあものかということが思い知らされます。
　ところで、頓知で有名な一休さんの逸話に次のようなものがあります。
　ある村に、立派な大きな松がありました。曲がりくねりが見事な松です。
　ある日のことで、一休さんが村人に言いました。
「誰か、この松を真っ直ぐに見た者がいたら、褒美をあげよう」
　そこで、村人たちはあちこちから松を見ました。立ったり、坐ったり、あっちへ行ったり、こっちへ来たりと。どこからどう見たら真っ直ぐに見えるのか、彼らはさんざんと苦労しました。
　でも、どう見ても真っ直ぐに見えません。
　そのうち一人が、つぶやきました。
「いやあ、この松、どう見ても曲がりくねっているなあ」
「それだ。おまえさんがいま、この松を真っ直ぐに見たのだ。おまえに褒美をやろう」
　一休さんが、そう言いました。
　おそらく、この話はつくり話でしょう。しかし、この話は私たちに禅の大切なことを教えてくれます。
　曲がりくねった松は、曲がりくねったままで真っ直ぐです。「真っ直ぐ」を「あるがまま」と置きかえてみると、はっきりします。一休さんは村人に、あるがままを見ることを教えようとしたのです。ものごとをあるがままに見るのが、禅の教えであり仏教の教えです。
　では、どうすれば、わたしたちはものごとを（あるがままに）見ることができるのでしょうか。それには、思い込みを捨てることです。
　広いのは広い。いくら広いと言ってもはじまりません。先ず一本の木から剪定をはじめましょうか。

■□１１月の法話■□

●安らぐ場所

　ある女優さんの話です。この方の名前をＡ子さんとでもしておきましょう。
　Ａ子さんは、夜、どんなに遅く寝たときでも、次の日には日の出前に起きる習慣を持っていたそうです。
　Ａ子さん、目が覚めると、身支度をして、車に乗り込み、ある場所を目指しました。そこは、ご来光が眺められる場所。そこで、太陽の光を浴びたら、すぐにラジオのスイッチを入れ、ラジオ体操をでからだをほぐします。ラジオの放送時間に合わせてリアルタイムで行うのです。
　どんなに気分がムシャクシャしているときでも、いっぺんに気持ちがスッキリし、今日もいい日になりそうだと心底、思えるようになったそうです。
　芸能界は、嫉妬や足の引きずりあいのある厳しい世界でしょう。そんな中で、彼女はトップスターの階段を上りつめていったのです。それには、少しのことぐらいでは動じない、強いこころの持ち主であることが求められるでしょう。
　Ａ子さんにもめげそうになったり、くじけそうになったりしたことが何度となくあったはずです。しかし、毎朝、お気に入りスポットで過ごすひとときで、明るい活力を取り戻し、芸能界の中で生き残ってきたのです。
　私たちはＡ子さんのようなトップスターになることはないでしょう。それでも、私たちは人生において、さまざまな不幸・悲しみ、いやなことにぶつかります。
　そんなとき、Ａ子さんの話はヒントになるのではないでしょうか。
　Ａ子さんのように、そこに行けばこころが安らぐ場所を見つけておくことが必要と思います。落ち込んでしまったり、不安な気持ちなったりしたとき、そこで一人の時間を過ごすことは、自己回復をはかるうえで大きな意味を持っているはずです。
　海でも山でも、近くの神社・お寺、あるいは素晴らしい作品に出会える展覧会など、なんでもいいと思います。そこへ行ったら、こころが安らぐ場所であればいいでしょう。多分、気持ちがリッフレッシュされて、生きる活力が漲ってくるはずです。
　そんな場所がないという方には次の方法はいかがでしょうか。
　今感じている悲しいことやいやな出来事に対して、それを一年か二年先の未来から眺めてみることです。たとえば、会社でトラブルが発生して、上司から叱られたときです。あるいは、友達と喧嘩したときです。今の時点では、それらは大な出来事に思えるでしょう。
　けれども、そのときに自分を遠い未来に置いてみるのです。遠い未来から現在を眺めてみると、たいていの出来事なら忘れてしまっていることに気づくはずです。いまはいやでいやでたまらないかもしれませんが、すぐに忘れてしまうものです。
　どちらしても、今の自分の思いを手放す方法を知っておくことです。そうすれば、気持ちが楽になるはずです。このことは生きる上では大切なことのようですね。

■□１０月の法話■□

●一奇人の話

　私たち、就活に失敗したらどうしよう、試験に落ちたらどうしよう、ガンになったらどうしよう……と、あれこれと「どうしよう」かと悩んでいます。しかし、いくら悩んだところで、それで問題が解決されるわけではないはずです。
　それはいままでの私たちの過去を振り返っただけでわかるのではないでしょうか。
　ところで、江戸時代の著名・無名な人物達の生活と意見が述べられた伝記集に『近世畸人伝』という書物があります。著者は伴蒿蹊（ばんこうけい）という文筆家です。その中で一人の奇人の話があります。
　一人の奇人が、人跡絶えた山中に庵を結び隠棲していました。ところが、隠棲しはじめのころ、彼には心配事がありました。それは、唯一の村へ行く道に橋が架かっていたのですが、その橋が谷川の水が出て流されてしまったら、村に行って食物が得られなくなることでした。
　ところが、ある時、彼は悟ったのです。「私の命がある間は食べ物が与えられるだろう。もし私に食べ物が与えられなくなったら、それは私の命が終わる時だろう。そのように覚悟を決めれば、私の心は平安になった」
　といった心境になったというのです。
　この話を思い出すと、私はほっとしてしまいます。　私たちの悩みは、未来をかってに先取りをして、苦しんでいます。それを、この話はうっちゃっているからです。
　つまり、私たちが先取りしている事前の心配、悩みがいかに無駄かということを教えてくれるからです。心配して、就活に受かるわけでもないし、ガンにならない保証もないわけです。つまり、取り越し苦労なのです。
　結局は、物事はなるようにしかならないのです。
　テスト用紙を出したあと、いくらどうだこうだと言っても、点数に変わりはありません。何十年もたばこを吸いつづけて、ガンになったかどうか心配しても、なったときはなったのです。いまさらタバコを吸い続けたことを変えるわけにはいきません。
　就活に落ちたら、ガンになった、……、そうなればそうなったときのことではないでしょうか。
　取り越し苦労は無駄なのです。だから、今さら、じたばた、あくせく、いらいらはやめませんか。
　結果が出れば、すべてに決着はつきます。楽になれるでしょう。就活に落ちたのであれば、その落ちたということは明確な事実です。いまさらそれを悔やんでみたところでどうしようもないのです。だから、その事実の上に開き直ればいいのです。いな、そうするよりほかありません。
　まあ、私たちは、心配なことに遭う前にびくびくしたって仕方がないことを、しっかりと認識しておきましょう。
　そして、物事はなるようにしかならないと、自分に言い聞かせるようにしましょう。

■□９月の法話■□

●途方に暮れたら…

　私たちの「やること」や「できること」はそれほど難しく感じません。仕事であろうと、家事であろうと、それなりにやり方がわかっているからです。だから、時間もかからず、やることができるはずです。
　ところが、新しいこととか、身構えないとできないことになると時間がかかります。例えば、私であれば何か原稿を書いて欲しいと頼まれたときです。すぐに承諾するのですが、なかなか筆が進みません。途方に暮れてしまうのです。
　何も考えずに、適当に形にはめて書いていけば、時間はかからないのでしょう。しかし、それはそれ何とか新しいことを書こうとすれば、書き始めるまでに何日もかかってしまいます。事実、この原稿ももっと早い時期に書く予定だったのですが、なんやかんやと思っているうちに、今日になってしまった次第です。
　譬えて言えば、二〇〇段以上の階段を見たら、登ることを尻込みをしてしまう。そして、足が前に進まなくて、立ちすくんでしまうようなものです。こんな時は、とにかく一歩一歩階段を登ればいいはずです。そうすれば、ちゃんと階段を登り切ることができるからです。
　部屋が散らかっているような場合でも同じです。どうせ、今日中には片付かないだろうと思うと何もやる気なくなってかたづけようとする気持ちが癒えてしまうからです。とにかく、足元から順番に片付ければ部屋もきれいになるのです。
　本当は、私も原稿を書いたりするような作業は、スタートさせるまでは気持ちの負担が大きいのは事実です。「面倒だなあ」と思ってためらっているうちは、その作業量が過大に見えるだけのことです。
　それでも、今日は○○字だけ書こうと思って手をつければなんとかなっていきます。とにかく、毎日、一時間なら一時間と決めて進めていくうちに、数日もすればゴールが見えてくるのです。大きな目標でも一日単位に分割すれば、気持ちの負担はぐんと減ってきます。
　これは私たちが世の中で生きる上でも言えることです。人生も、その苦労の多いことを考えれば、イヤだなと思ったり、自殺したくなったりするかもしれません。皆さんだって、一度や二度、そう思ったことがあるでしょう。
　しかし一日また一日、今日こそ私の最期の日かもしれないという覚悟で生きていたら、あっという間に年月は経つものです。
　『法句経』には、「眠れない人には夜は長く、疲れた人には一里の道は遠い。正しい真理を知らない愚かな者どもには、生死の道のりは長い」とあります。とにかく、あまり考えずに、目の前の一歩を歩んでいきましょう。そうすれば、私たちの生きた人生を振り返ったとき、人生がいかに楽しいものかに気がつくのではないでしょうか。

■□８月の法話■□

●夫婦喧嘩の時は…

　「夫婦の喧嘩は犬も食わぬ」「喧嘩するほど仲がいい」などのことわざがあります。それを思うと、夫婦の喧嘩は、人類が生じてからというもの日常茶飯事だったようです。たまにテレビなどを見ていると、夫婦喧嘩がもとで事件になることもあります。あげくの果てには、殺人事件にも発展することだってあるようです。
　ご多分に漏れず、我が家においてもときどきあります。
　そもそも何が原因で喧嘩したかというと、いろいろな原因があるかもしれません。
　例えば、「気に食わないことを妻（夫）がやった」とか、またあるときは「あれこれのことを頼んだのに妻（夫）がやっていない」とか。私のところでもですが、……。
　考えてみれば、たわいもないことなのです。しかし、それに対して、あだ、こうだとか、ああでもない、こうでもないとか言って、揉めてしまうのです。
　ただし、こんな場合などに、必ず喧嘩になるかといえば、そうとは限らないようです。喧嘩にならないで済む場合もあります。
　と言うことは、ひょっとしたら喧嘩には本当は明確な原因がないということではないでしょうか。
　お釈迦様の開かれた悟りは何かといったら、「縁起の理法」です。この縁起の理法は、世の中はありとあらゆるものが絡み合っている、ということです。つまり、縁起とは物事に明確な原因なんてないということです。
　そして、それに気づけば、「涅槃」に入ることができると言うのです。涅槃とは、なにも亡くなることではありません。火を消したように涼しく、落ち着いた境地のことです。現代人にわかりやすく言えば、リラックスした状態と言えるでしょう。
　お釈迦さまの次のように言っています。
「涅槃を得たいなら、戯論をやめなさい」
　戯論とは、つまらない喧嘩のことです。「ああだ、こうだ」「ああでもない、こうでもない」と考えることです。戲論を止めれば、涅槃になるというのです。つまり、喧嘩の原因なんかあるようですが、本当はないいんだと気づくことです。
　物事には原因がないのですから、原因はわからない。そうであるなら、解決しようと考えても意味がありません。
　私たちは、ついつい相手が悪いと考えて、相手を責めてしまいます。それでは、喧嘩になるだけで、気持ちは落ち着かないでしょう。
　私たちが喧嘩を止めるには、
　「喧嘩を売らないこと。売り言葉を、買わないこと」
　「静かに深呼吸をすること」
です。そうすれば、心はリラックスして、涅槃の状態になり、リラックスできるでしょう。

■□７月の法話■□

●悩まないためには…

　人生は、なかなか思いどおりにはなりません。いつまでも若くて、健康であり続けたいと思っても、時間が経過すると老いてしまいます。病気になりたくないと、節制に節制を重ねたとしても、病気になるときはなってしまうのです。死にたくないと思っていても、私たちはいつかは死んでしまうのです。
　そこで、私たちはなぜ悩むのです。私たちは生きていく際に、すべてのことに自分の思い通りにしようとします。しかし、生きていると私たちの思い通りにならないことが多々あるからです。
　ではどうすれば悩まなくなるのでしょうか。
　お釈迦さまは若くして悩み抜かれた方です。悩みの名人と言っていいでしょう。悩み、悩んで、お釈迦様は最終的に悩みを解決できる方法を見出されました。仏教の教えの核心は、自分の思い、つまり「執着」を手放すことにあるということです。それは、悩みなんていうものは、実はないんだということに気づかれたのです。言い方を変えれば、悩みはいつでも消せるもの、なくせるものということです。
　例えば、私たちは予定を立てます。明日はこれこれのことをして、その後は……と。何もなければその通り計画は実行されるでしょう。ところが、予定外のことが起こると、考えた予定は崩れ、さんざんな気持ちになったりした経験はあるのではないでしょうか。
　こんな時に、それはそれと、もともとの予定が実行できなくても、予定を変えればいいのではないでしょうか。要は対応の問題です。実は、これが手放すことなのです。このように自分の思いを手放すことで充実した今日を生きることができるのです。
　予定が駄目になったと、いつまでも思っていても仕方がありません。自分が思っている通りになって欲しいと考えてばかりいると、私たちは身動きが取れなくなってしまいます。そして、苦しんだり、悩んだりするのです。思いに執着するから、悩むのです。
　私たちは、自分の思いを手放せばいいのです。そして、今の一瞬を大切に生きていれば、やがて死ぬときも受け入れることができるでしょう。
　今を生きるためには、先の一瞬を手放せばいいのです。昨日のことを引きずってしまっていたら、今日を自由に生きられないのです。同時に、明日のことに囚われていると、今日をのびのびと生きられないでしょう。
　「悩み」と思い込んでいることのほとんどは、私たちは自分の思いに囚われているところから生じることです。だから、その思いを手放せばいいのです。
　私たちは生きている限り、自分の思いは消すことはできません。悩みがあるのはあたりまえなのです。だから、その思いを手放すのです。悩みについて悩まない。そうすれば、幸せになれるのです。お釈迦様はそのように教えられています。

■□６月の法話■□

●見返りを求めない

　江戸後期の禅僧に仙厓義梵という方がいます。書や画をよくしたお坊さんですが、その仙厓に次のような言葉があります。
　　坐禅して人は仏になるといふ　我は仏の子にかへるなり。（『仙厓和尚語録』）
　普通で考えれば、坐禅をするのは、悟りを開くため、悟りを開いて仏になるためです。坐禅という修行をすることによって、その見返りに、悟りが得られると考えてしまいます。しかし、仙厓はそれは違うと言います。私が坐禅するのは、仏の子、つまり仏の赤ん坊になるためだというのです。
　禅の教えでは、「見返りがほしい」という思いをまず手放しなさいと言います。それは、坐禅であろうとも「悟りたい」という思いがある限りは、悟ることができないからです。同じように、「悟らなくてもいい」という思いも手放すことが大事です。
　このように言うと、坐禅をしても無意味ではないかと思ってしまうかもしれませんが、無駄でいい、ただ坐れというのが坐禅の基本なのです。道元禅師はこのことを、「只管打坐」と言っています。
　中国・唐時代の禅僧に馬祖道一がいます。その師は南嶽懐譲です。ある日、馬祖は坐禅をしていた。そこに南嶽が来て問います。「なにをしている？」「坐禅をしています」「何のために坐禅をするのか？」「仏になるためです」
　すると南嶽は、そこに落ちている瓦を拾って、石の上で磨きはじめました。今度は馬祖が質問した。「何をしているのですか？」「瓦を磨いておる」「何のためでしょうか？」「鏡にしようと思って」
　それを聞いて、馬祖はあきれた顔で言います。「瓦を磨いても鏡になりませんよ」
　すると、南嶽はにやりとしてこう言った。
「おまえ、それがわかっていながら、どうして坐禅をして仏になろうとする」
　馬祖は答えに窮してしまったのです。
　このお話は、瓦は磨いても鏡になりません。鏡だからこそ、磨けば鏡になるのです。同様に、凡夫はいくら坐禅しても仏になれない。はじめから仏だからこそ、坐禅して仏になれるのだ、と言うことです。道元も南嶽も同じことを言っています。
　私たちは何をするにしても、見返りを求めて行動しています。例えば、掃除。普通は部屋はきれいにするためと考えます。そうすると、昨日掃除をしたから、今日はいいという発想になります。そうではないのです。毎日、見返りを求めずにただ掃除をすることです。そうすると、私たちの心もきれいになっていくのです。
　仕事とは、「事」に「仕える」と書きます。お金儲けだけではない、自分を投げ出して、役に立たせて頂くことが、仕事なのです。見返りを求めないで、ただ目の前のことをすることこそが、今の私たちの生き方には必要かもしれません。

■□５月の法話■□

●思いを受け流す

　最近、認知症の母親が突然に怒ってしまうことが増えてきました。
　母親の生活は、朝起きて、食事を頂き、デイサービスに出かけ、帰って、しばらくして夕食、食べ終わると、お腹が一杯なせいか、すぐ眠気を催し、ベッドに横になります。しばらく、テレビを見て、眠りにはいります。六時間ぐらい寝て、後は三十分ごとに起きる眠るを繰り返す毎日です。
　そんな日常の中で、機嫌のいいときには、歌を歌っては楽しそうにしています。しかし、突然、気持ちが落ち込むときがあります。多分、それは母親がふと自分に私たちの目とか気持ちがむいていないことを察しかもしれません。
　それはそれで対処ができるのですが、突然の怒りだし、いろんな言葉を発するときがあります。聞いているとちゃんと筋は通っていて、怒り心頭なおです。ただ、それほど怒っている時間が長くないので、救われます。
　母親の怒る原因は家内との間で生じています。それは、ほんの些細なことなのですが、本当の原因は明確にはわからないのが本当でしょう。むしろ、母親の怒りの言葉に振り回されて、家内が怒ってしまうことの方が問題です。家内にはいろいろストレスが貯まっているようです。そのとばっちりが、こちらに及んでくることが予想されるから、「まあ、まあ」と思うのですが、それは親子、いろいろ大変です。
　こんなことは相手は違うかもしれませんが、皆さんにも起こっている問題だと思います。上司に訳もなく怒られたとか、友達の腹の虫の居所が悪くて、話をする気持ちならなかったことなど。そんなときは、相手の言葉によって、イヤな思いだけが残り、それが後まで引きずってしまうことがあるでしょう。
　このようなときは、坐禅の方法を試してみてはいかがでしょうか。　禅宗では坐禅をおこないます。ただ、皆さんが思っているイメージは、坐禅すれば「無」になるらいしいということ、それと警策（けいさく）とい棒で扣かれるというというものだと思います。
　しかし、坐禅したらわかると思いますが、そんなイメージとは違います。坐禅していると、私たちの頭には絶え間なく、さまざまな思いが浮かんできます。普段であれば、それに囚われるのですが、坐禅中は、浮かんできた想念をわざわざ掴もうとせず、ただ浮かんできたという事実を前にして放っておくだけです。そうすると、何かしようとしなくても、勝手に消えていってくれます。そして、新たに別の想念が浮かんでくるので、何度もそれを繰り返していく。つまり、坐禅は、自分の思いを受け流していく訓練をしているのです。
　私たちに言われる他人の言葉は正しいこともありますが、間違ったこともあります。言葉はまともに受け取らず、坐禅の方法のように、自分に合った方法で上手に受け流していけばいいでしょう。とにかく、相手の言葉にこだわらず、言葉によってストレスを貯めないことです。

■□４月の法話■□

●心頭を滅却すれば火も自ずから涼し

　今年は四月になって、桜が咲いたと思ったら、雨なる日が多い。せっかく桜の下で宴会をと思っていた人、またどこかに出かけようと思っていた人にとっては残念なことだったと思います。
　実は、私も晴れた日には庭の草取りやちょっとした作務ができると思っていたのですが、それも雨で駄目。そうこうしていると庭には一雨ごとに雑草がみるみる芽をだし、大きな葉っぱを拡げてしまっています。
　今は、なんとか早く天気になることを祈るばかりです。これ以上、放っておくと雑草はどんどん大きくなり、また別の雑草も生えてくるからです。
　ところで、皆さんも小さいころには、行事があるときなどには、軒先にてるてる坊主をつるした経験があるのではないでしょうか。「てるてる坊主　てる坊主　あした天気に　しておくれ　……」と歌いながら。
　しかし、今から思えば、このてるてる坊主は私たちのエゴでしかないように思います。なぜなら、私たちは明日は雨が降らないで欲しいと願っているのですが、別の人にとっては雨が降ってほしいと願っているかもしれないからです。
　私たち生きているこの世界には、さまざまな人間がいます。多種多様な人間が利害関係を持ちながら、共に生きて行くのがこの世界なのです。
　仏教ではこのような世界を「娑婆」と言います。サンスクリット語の「サハー」という語を、漢字で音訳したものが「娑婆」で、意味としては「忍土」、つまりこの世は忍耐でもって生きねばならぬ場所であると言うのです。
　この世界はいろいろな人がいるのです。だから、当然、雨が降ることを期待している人もいるということです。
　そう考えると、私たちは、明日の天気のことを心配しないほうがいいようです。てるてる坊主をつくってまで、「あした天気に　しておくれ」と願いごとをしないほうがいいのです。
　幕末の幕臣で、剣客であり、在家の立場で禅を修行した山岡鉄舟には、「晴れてよし曇りてもよし富士の山もとの姿は変わらざりけり」という言葉があります。私たちの人生には、雨の日も、風の日も、晴れの日もあります。しかし、それをそれぞれ楽しむ、即ち、楽しむべき処はそれを楽しみ、楽しみなき処も又、これを楽しむ。これが鉄舟の言いたいことです。
　私たちも鉄舟にならって、｢あした天気に　しておくれ」なんて思わず、生きてみませんか。

■□３月の法話■□

●心頭を滅却すれば火も自ずから涼し

　この言葉は安土桃山時代の臨済宗の名僧、快川紹喜によって有名になりましたが、元は禅の語録『碧巌録』にある言葉です。
　快川は美濃（岐阜県）の生まれで、武田信玄の庇護を受けて甲斐（山梨県）の恵林寺の住職として迎えられました。しかし、快川が敵対した六角義治をかくまったため、織田信長の逆鱗に触れ、恵林寺に火が放たれました。快川は逃げるどころか、燃えさかる火の中で坐禅を組んで、炎に包まれていきました。このとき快川は、
「安禅は必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」
　と、この言葉を遺して恵林寺と運命をともしたということです。
　この言葉は「日陰になるべき木々もないところで、暑い日の下で衣をまとって坐禅しているが、妄想を断ち切り、寒い暑いを超越すれば、それらははかえって涼しく感じるものである」という意味です。坐禅は特に涼しい山中や水辺を選ぶ必要はない。暑いときには暑いという避けがたい事実に覚悟を決めて、その中でものごとに没頭すれば暑さを忘れられる、つまり、「暑さに同化せよ」と快川は言っているのです。
　ところで、お釈迦様は、「一切皆苦（すべては苦しみである）」と言われています。この苦しみは単なる苦しみではありません。苦はインドの古い言葉で「ドゥフカ」と言い、「思うがままにならないこと」を意味します。なかでも生老病死の苦は四苦と言って、私たちにはどうしようもないものです。
　老いたくない、病気になりたくない、死にたくないと言ってみても、避けることができないものなのです。だから、老病死は苦なのです。にもかかわらず、私たちはそれらをどうにかしようと思ってしまします。そして、そう思うことにより苦しんだり、悩んだりしているのです。
　では、どうすればいいか。思うようにならないことは、放っておけばいいのです。かと言って、自堕落な生活を送っていいという訳ではありません。そんなことをすれば、直ぐに病気になり、最期を迎えることになります。
　老いたら老いた、病気になったら病気になったと認めるべきです。思うがままにならないものは思うがままにならないと受け止めればいい。それが、放っておく、同化すると言うことです。
　私たちは生きていれば、必ず老いや病気とつき合いながら生きていくことになります。そんな時、悩むのではなく、この言葉を思い出して頂ければ、心が楽になるのではないでしょうか。

■□１月の法話■□

●苦しみは誰も代わってはくれない

　私たちは生きていると、いろいろと苦しいことや悩むことにぶちあたります。若い人であれば、恋愛の悩み、受験の悩み、就職の悩みなどです。大きくなれば、人間関係の悩み、子育ての悩み、リストラされた苦しみ、老後の悩みなどです。
　しかし、これらの苦しみは、どれも「生活の苦しみ」でしかありません。この苦しみは、ある意味では軽くすることができます。確かに、そう簡単には解消しないかもしれませんが、この苦しみや悩みが一生変わらずにあるものではないでしょう。何とかすれば、軽減されるものです。
　しかし、このような苦しみとは違う苦しみがあります。それは、老いていく苦しみ、病まねばならない苦しみ、そして、一度は亡くならねばならない苦しみです。例えば、病まねばならない苦しみとは、ガンなどの病気です。私たちは誰も好きこのんでガンになりたいとは思っていません。いくら節制をしていても、ガンになる時には、ガンになるのです。
　私たちにとって、この老・病・死の苦しみは、人間に生まれた限り、誰もが逃れることができないのです。したがって、これは、「人生の苦しみ」と言うものです。生活の苦しみであれば軽くすること、あるいはなくすることもかのでしょう。しかし、人生の苦しみは軽くすることも、なくすることもできないものです。そんな苦しみなのです。
　浄土宗や浄土真宗などで唱えられるお経に「浄土三部経」というものがあります。その一つ、『無量寿経』中に次のような言葉があります。
　「苦楽の地に至趣すべし。身みずからこれを当け、代る者あることなし」
　意味としては、私たちはこの愛欲の世間にひとりで生まれ、ひとりで死に、ひとりで去り、ひとりでやって来たのです。私たちの行なうところによって苦しみの人生を得たり、幸福な人生を得たりする。私たち、行なう者自身がその報いを受けるのであり、代りに受けてくれる者はだれもいないということです。
　私たちは老・病・死の苦しみを避けて通ることはできません。それらの苦しみに耐えて生きていかなくてはいけないということです。しかも、その苦しみは、誰も変わってはくれません。老いていくことも、病んでいくことも、死んでいくことも、自分で受けとめて、耐えていくしかないのです。『無量寿経』の言う、「独生・独死・独去・独来」はまさにそのことを言っているのです。
　私たちは腹を決め、それらの苦を受けとめて、しっかり生きていこうではありませんか。

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